池波正太郎
突っ込め 小津安二郎監督の「大学は出たけれど」は昭和四年の作である。 一度見たいと思いながらまだ見ていない。 なぜ見たいかというと、そこには凍結された昭和四年がぎっしりつまっていると 想像するからである。 私は居ながらにして昭和四年を呼吸できる…
浅蜊の時雨煮と木賊独活 伊勢屋万三郎が奥から飛び出して来て、 「さあ、おあがり下さいまして・・・・」 「御主人。いま。家の中へ大工を入れておりましてな」 「おやおや・・・・」 「二、三日、止めていただけますかな?」 「二、三日といわず、一月でも…
蛤の小鍋立て 「旦那、旦那。こっちですよ、こっちですよ」 入れ込みの衝立障子の向こうから、一本眉の客が手を振っているではないか。 忠吾は、わけもなくうれしくなり、 「このところ、見えませんでしたな。どうかなされたのか?」 「年をとりますとな、厚…
根深汁と葱の胡麻油炒め 亀右衛門が、目をみはって、 「朝の御膳も、まだ?」 「はい」 「どうなさいました?」 探るような、亀右衛門の視線であった。 「いや、別に・・・ただ、今朝は手つだいの婆さんが病気ゆえ、自分で仕度するのも 面倒になってねえ」 …
テレビの中のインテリア 向田邦子 向田 番組への投書の中で、「Aという番組に出ている茶箪笥が、BとCにも出ている、 あれはよくない」って言われたことがあります。 でも茶箪笥ってテレビ局にはそんなにいくつもないんですよ(笑) 山本 ドラマよりセットに…
浅蜊と大根の小鍋立て その夜・・・。 梅安は。ひとりで、おそい夕餉の膳に向っていた。 春の足音は、いったん遠退いたらしい。 毎日の底冷えが強く、ことに今夜は、(雪になるのではないか・・・) と、おもわれた。 梅安は、鍋へ、うす味の出汁を張って焜…
大根鍋 日暮れ近くになって、治療を終えた藤枝梅安が入浴をすませたところへ、萱野の亀右衛 門が訪ねて来た。 すでに、おせき婆は帰ってしまってい、梅安の居間へ夕餉の膳が仕度してある。 「いつも、こんな時刻にお訪ねをして、申しわけもないことで」 「い…