藤井宗哲・川口宗清尼「池波正太郎の江戸料理を創る」
大根鍋
日暮れ近くになって、治療を終えた藤枝梅安が入浴をすませたところへ、萱野の亀右衛
門が訪ねて来た。
すでに、おせき婆は帰ってしまってい、梅安の居間へ夕餉の膳が仕度してある。
「いつも、こんな時刻にお訪ねをして、申しわけもないことで」
「いや何、一向にかまいませぬ。ま、こっちへお入り下さい」
「それでは、ごめんを・・」
「ま一つ、こんなものでよければ、いっしょに箸を入れながら、話し合いましょう」
畳に部厚い桜材の板を置き、その上の焜炉に土鍋が懸っている。
ぶつ切りにした大根と油揚げの細切り。それに鶏の皮と脂身を、これも細切りにし、
薄目の出汁をたっぷり張った鍋で煮ながら食べる。
(『梅安針供養』-「あかつきの闇」より
「池波正太郎の江戸料理を創る」1999年4月22日 マガジンハウス刊