池波正太郎「おおげさがきらい」
おおげさがきらい
母は三十前から女手一つで働きつつ、私ども兄弟二人を育ててきたわけだが、
「ろくに教育を受けさせたわけでもなし、私はけっして無理な働き方をして
子どもを育てたわけでもない」
今、六十六になる母は、事もなげに言う。
私ども兄弟も、小学校を出ると、すぐに世の中へ出たわけだが、これとても当然な
ことだと私たちも思っているし、母もそう思っている。
したがって、われわれ母子は昔の苦労話をすることがなかったし、何事にもおおげさ
に事を行ない、言葉に出すことがきらいだということを、母は身をもって示した。
私が直木賞をもらったときなども、
「そうかい」
と、事もなげに一言。
もっとも内心はうれしかったらしいが・・・
(主婦の友・昭和四十二年12月号)