澁澤龍彦「私のプリニウス」
迷宮と日時計
「神のごときアウグストウスはマルス広場に設置されたオベリスクに太陽の投げかける
影を印し、そうして昼と夜の長さを測定するための驚くべき役割をあたえた。オりべ
スクの長さに準じた一個の敷石をつくらせ、夏至と冬至の六時における影の長さが敷石
にきざまれた目盛りとひとしくなるようにした」
プルニウスの全巻を通読しようなどという不逞な気を起こしたことは、私は一度もな
い。
いつでも気ままにぱらぱらとページをめっくって、目についたところを読むともなしに
読むだけである。読めば読んだで、おもしろい。この日時計の部分も、たまたま迷宮に
関する部分を書こうと思って第三十六巻を読んでいるうちに、ふと目にとまっただけの
ことにすぎない。
学問や研究のために威儀を正して読むというような読み方は、おそらくプルニウスにふ
さわしくないだろう。
あんなに嘘八百やでたらめを書きならべて、世道人心を迷わせてきた男のことだ。
私たちとしても、そういう男にふさわしい付き合い方をしてやらねばならない。
「私のプリニウス」を書きはじめるにあたって、まずこのことをはっきりいっておきた
い。
澁澤龍彦「私のプリニウス」P16・17 1993年5月31日青土社刊