KATZの菜園便り

四季折々徒然草ー晴耕夜読聴暮らし

澁澤龍彦「私のプリニウス」より 海ウサギと海の動物たち

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 海ウサギと海の動物たち

 

『博物誌』第九巻第二章より引用する。

「海産動物のなかには、地上の獣より大きいものもたくさんいる。

その原因は明らかに水の元素がたっぷりしているからだ。

空中に浮かんで生きている有翼生きものとは、おのずとから条件がちがう。

ゆったりと遍満して食物も豊富に供与する海の中では、自然は神から生殖の原理を

受けて、たえず生きものを生み出しているのだ。

海には怪物もたくさん見つかる。

風や波にころがされて、精液や胞子がさまざまに混り合ったり凝集したりするからだ。

一般に信じられているように、海以外のどこにも存在しない多くの生きものは別として

地上のどこかに生きているものは海中にもまた生きているという説は正しいことが証明

されている。

生きものばかりか、生命のないものを模倣する動物さえあって、たとえば葡萄の実と

か、両刃の剣とか、鋸とかにそっくりな動物もある。

そうとすれば、小さなカタツムリのからだに馬の頭のついている動物がいたからといっ

て驚くにはあたるまい」

 

この部分は、ジロラモ・カルダーノとかギヨーム・ロンドレとかアンブロワズ・パレ

とかいったルネサンス期の錚々たる博物学者に何度となく引用されて、アナロジーによ

る自然観の古典的な教本のごときものと見なされるにいたっている。

 

実際、海とは汲めども尽きぬ生命の貯蔵庫であって、海の胎内にはあらゆるものを模造

する神秘な力がひそんでおり、したがって、陸に存在するものは必ずその対応物が海に

も存在するといった、一種のアナロジー理論が当時の自然科学者たちを風靡していたの

は、いま私たちが考えると不思議な気がするくらいである。

 

いつの時代でも、哲学くらい流行に左右されやすいものはない。

おそらくプルニウス自身には世界を統一的に解釈しようなんていう意志はなかったと思

われるのに、しばしば彼らに引用されて、アナロジーの元祖のごとき地位に祭りあげら

れてしまったのがプルニウスであった。

 

  「私のプリニウス」P44・45 1993年5月21日 青土社