藤井宗哲・川口宗清尼「池波正太郎の江戸料理を創る」
鰹の刺身
朝から、空は真青に晴れあがり、自分の家と小川をへだてた北側の、丘上の社殿
をかこむ雉子の宮の社の木立から、松蝉が鳴き揃ってくるのを凝ときいていた
藤枝梅安が、
「彦さん・・・・もっと、ゆっくり、手間をかけてやるつもりでいたのだが・・・・
こいつはどうも、早いうちに片づけてしまったほうがいいような気がする」
つぶやくように、いったものだ。
寛次郎は、梅安の側へ寝そべり、煙管の掃除をしている。
二人は、伊皿子の魚や・久七がとどけてくれた鰹の片身を刺身にし、溶き芥子を
そえ、遅い昼飯をすませたところであった。
彦次郎は中落をうまくこなし、酒・醤油・味醂で鹹目に煮つけ、
「晩めしのときには、あいつを骨までしゃぶるのが、たのしみだねえ、梅安さん」
(『梅安蟻地獄』より)
「池波正太郎の江戸料理を創る」P36・37 1999年4月23日
マガジンハウス刊