藤井宗哲・川口宗清尼「池波正太郎の江戸料理を創る」より豆腐汁と豆飯
豆腐汁と豆飯
この主人の放火を、静江は知らむ。
「どこから火が出たものやら・・・まことに、ふしぎでございますね」
静江が何度も問いかけてくるのに、十兵衛は閉口したものだ。
しかし、老僕・伊介のみへは、ひそかに打ちあけてあった。
こうしたことには、どうしても〔共犯者〕が必要である。
結局。失火の原因は伊介の火の不始末からだ、と、いまは静江もおもい
こんでいるらしい。
十兵衛は、以後、絵図面のことには、つとめて、ふれぬようにしている。
「さ、こちらへ・・・」
静江のまねきに応じ、伊平衛たち大工が、林の中へ入って来た。
いつものように、
「なんの仕度もありませぬが・・・」
静江が土鍋のふたをとった。
豆腐汁であった。
それに、色もあざやかな豌豆の〔豆飯〕なのである。
(『編笠十兵衛』より)
「池波正太郎の江戸料理を創る」P38・39 1999年4月22日
マガジンハウス刊