岡潔「春の雲」
大きな景観をもつ紀見峠
車は峠の麓まで来て止まる。
そこが橋本小学校といって、私の母校である。
敷地だけは同じであるが、あとは皆変わってしまっている。
しかし周囲の景色は昔のままである。
子供たちが三々五々走って来て出迎えてくれた。よい顔をしている。
応接室には私の写真がかけてくれてある。
頼まれて四・五・六年の人たちに話した。
子供たちは食い入るような目で聞いてくれる。
「日本人は親切で勤勉であればよろしい。
親切というのは、人の心、わけても人の悲しみがわかることです。
勤勉というのはたとえば、あなたがたが算数をやるとしますと、算数を熱心に
やることです。出来不出来ではありません。
親切で勤勉な人がえらい人なのです。」
峠を上るに従って景観が開けてくる。
南に大和アルプスの連峰が見えるのである。
こういう所で育ったから、私は数学でも景観の大きい論文や問題が好きである。
岡潔「春の雲」P20-21 昭和42年3月16日 講談社新書刊