山本夏彦対談集「浮き世のことは笑うよりしかない」
ある日大使館になっていた
山本夏彦 留守の間に家が大使館になってた話もおもしろかった。
池辺良 あれはひでえ目にあったな。
さっきのお話に出た橋本嘉夫さんが設計した家でした。
家内の大のお気に入りでね。
二週間くらいのロケを終えて帰ってきたら、門の格子のところに金色の板が
はまってましてね。
「あれ、こんな板はまってたかなあ」と思ってみると、なんか外国の文字が
書いてある。
まあいいや、と中に入ってったら、出てきた人が、金髪で鼻が高くて目が青い
んですよ。
あれ、家内がかわっちゃったわけじゃないしなーと思って、なけなしの英語で
ここは私の家だって言ったら、「いや、ここは私の家です。私はアルジェリア
の大使だ」。
ええっ、何をわけのわかんないこと言ってんだと思って、ともかく電話を借りて、
家内の実家にかけたら、居ましたよ家内が。
「おかえんなさーい」なんていい声だしてね。
早くいらしゃいよ、っていうから行きましたよ。
そしたら「売っちゃった」って。
たしかに二人ですむには広すぎる家だったんですけれどね。
〔初出「室内」平成十四年二月号〕
「浮き世のことは笑うよりしかない」P305 2009年講談社刊