澁澤龍彦「私のプリニウス」よりカメレオンとサラマンドラ
カメレオンとサラマンドラ
どういうわけか、私は子どもののころ、カメレオンという小動物が大好きだった。
上野動物園の暖房のきいた爬虫類館のガラス越しに、植物の緑と同じ色をして枝に
とまっている、なにか奇妙な細工物のように繊細なカメレオンのすがたを発見した
ときの驚きを、いまでも私はよくおぼえている。
巨大な錦蛇やワニよりも、体長わずか十センチばかりの小さなカメレオンのほうが、
はるかに私には神秘感をそそり立てるように思われた。
それに、カメレオンという名前のひびきもよかった。
ギリシャ語ではカマイレオーン、すなわち「地上のライオン」という意味であるが、
そんなエティモロジーは一向に知らなくても、ラテン的な母音のひびきを楽しむこと
は子どもの感性にも十分に可能だったのである。
しかし少年時の私がカメレオンに魅力をおぼえた第一の理由は、やはり何といっても、
その超能力めいた体色変化の特技のためだったにちがいない。
これについてはジャン・コクトーが『ポトマック』のなかに、おもしろい文章を書いて
いるから次に引用しておこう。
「あんまりいりいろな環境に置かれると、感じやすいひとは順応できなくて、まいって
しまう。むかし一匹のカメレオンがいた。飼い主は暖めてやろうとして、色とりどり
の格子縞の毛布の上にカメレオンをのせてやった。カメレオンはくたくたになって
死んでしまった」