澁澤龍彦「私のプリニウス」
エティオピアの怪獣
私は気ままにプリニウスの世界を漫歩渉猟してゆくつもりだから、体系的に順を追って
書く気はなく、その時その時の関心のおもむくままに、おもしろそうなエピソードを
アトランダムに引いていきたい。
ところで、おもしろそうなエピソードというば『博物誌』全三十七巻のうちでも、いち
ばんおもしろいエピソードがいっぱお詰まっていて、私がもっともしばしばページを
繰ることが多いのは第八巻の地上動物の部ではないかと思う。
とくにエティオピアやインドの動物っを記述するときのプルニウスは博物誌というより
も、あやしげな怪物詩すれすれにまで接近していてスリル満点である。
プルニウスにとって、どうやらエティオピアは怪獣の宝庫ともいうべき国のごとくに映
っていたらしい。
第八巻第三十章を次に引用してみよう。
「エティオピアには、いたるところに繁殖している大山猫、胸に二つの乳房のある赤毛
の獣スピンクス、そのほか多くの怪獣を産する。
すなわちペガソスと呼ばれる翼のはえた角のある馬、犬と狼の合いの子で、鋭い歯です
べてを噛みくだき、食ったものをたちまち消化してしまうクロコッタ、頭が黒く驢馬の
毛がはえ、他の猿とは声がちがう尾長猿、角が一本あるいは三本のインド牛、野生の
驢馬の体と、鹿の腿と、ライオンの首と尾と胸部と、穴熊の頭と、先の二つに割れた
蹄と、耳まで裂けた口と、一本の骨で連続した歯とを有し、非常に速く駆ける獣レウク
ロコッタなどである。
このレウクロコッタは人間の声をまねるといわるといわれている。
エティオピアにはまた、エアレと呼ばれる野獣が棲んでいる。
体は河馬、尾は象で、黑あるいは褐色の毛と、猪の顎と、一腕尺以上の長さのよく動く
角とを有し、戦うときにはその角を相互に逆立て、戦う相手に応じて角をまっすぐに
したり斜めにしたりする」
三十章はまだ終っていないが、これだけでもすでにハ種類の正体不明な怪獣が出てきて
いる。
澁澤龍彦「私のプリニウス」P23・24 1993年5月31日 青土社刊