藤井宗哲・川口宗清尼「池波正太郎の江戸料理を創る」
浅蜊と大根の小鍋立て
その夜・・・。
梅安は。ひとりで、おそい夕餉の膳に向っていた。
春の足音は、いったん遠退いたらしい。
毎日の底冷えが強く、ことに今夜は、(雪になるのではないか・・・)
と、おもわれた。
梅安は、鍋へ、うす味の出汁を張って焜炉にかけ、これを膳の傍へ運んだ。
大皿へ、大根を千六本に刻んだものが山盛りになってい、浅蜊のむきみもたっぷりと
用意してある。
出汁が煮え立った鍋の中へ、梅安は手づかみで大根を入れ、浅蜊を入れた。
千切りの大根は、すぐに煮える。
煮えるそばから、これを小鉢に取り、粉山椒をふりかけ、出汁と共にふうふういい
ながら食べるのである。
このとき、酒は冷のまま、湯のみ茶わんでのむのが梅安の好みだ。
(『梅安最合傘』-「梅安最合傘」より)